葉音日記
 
  はじめに >>>
  事件の多い私たちの日常を、日記風につづっております。
優しくそよぐ葉ずれの音のように、皆様のお耳に届くと嬉しいです。
葉音がつづる、波乱万丈の日々、お楽しみくださ〜い!
 

2026.2.24
二十年前の2006年、心許し合っていた友、北海道時代から共に過ごした飼い猫、そうして、私淑していた恩師と、バタバタと私の前から居なくなってしまった一年がありました
あれから、6の付く年回りには特に、どうしても思い出さずにはいられず、深い哀しみを募らせておりましたら、この二月半ばに、義母よりも早く、義兄が逝ってしまうという逆縁で、お骨を拾うこととなりました
死を待つ順番は、如何ともし難く、いつどこで、誰が、姿を消してしまうのかは、神のみぞ知るという定めではありますが、今年は、身近な人の死が無ければいいなと願っていた矢先の、葬いでした
彼は、元々、身体が、丈夫では無かったのでしょうけど、長年にわたり、様々な病や事故やらで、幾度となく入院を重ねていました
義母曰く、10回は入院したとのことでしたけれど、光司さんから聞くと、もっとやで〜ってことですから、ずっと病気との縁が深かった人生だったのかもしれません
幾度となくお見舞いに行った経験から、まだまだ大丈夫なんじゃないかなって、楽天的に考えてもいたのですが、苦しい不調を我慢しきっていたのかもしれませんね
光司さんが、最後に面会した折には、週末の競馬を楽しみにしており、お家のパソコンを持ってきて、病室で繋げて欲しいと駄々をこねていたそうなので、ひどい黄疸でさえ、すぐに逝ってしまうなんてことはないだろうと、安穏に構えていたのですけれど…
まぁ、身内の苦労なんぞは、やはりその家族にしかわからないと申しますので、家庭内での葛藤が、様々にあったことは、さておき、とっても親孝行で優しくて、おとなしい面のみをご存知であろうお坊様が、良き戒名を付けてくださいました。
もうこれ以上、なんら苦しむことなく、安心して旅立つことが出来るのだと、年上の義妹としては心より安堵しております
そろそろ同年代が、居なくなってゆく覚悟を強く感じつつ、ただ、明日がくると信じて疑わぬくらいに、自分に無理しないで生き続けていければとも思っていますけれど…
さても現実は、あちらこちらからお仕事依頼のお声がかりで、お出かけの日々が続いていて、肌寒さから、二人とも風邪気味ですし、光司さんは、腰痛も悪化しており、芦屋の現場も遅れがちです
年末から、ずっと延び延びになっていた高輪GATEWAYの椅子を、東京の倉庫の方へ、ようやく運び入れる日程も決まりました
ずっと、リビングを占拠して居た椅子達とも、とうとうお別れです
三月の引越しシーズンに突入し、運送屋さんもお忙しく、価格もぐっと跳ね上がってしまいましたので、東京へは、自力納品での手配となります

芦屋の店舗の椅子も、オープンに間に合うよう、最後の追い込みで、必死の製作に励んでおり、疲れと腰の痛みを分散して、この年度末をなんとか乗り切ってもらいましょう
 

2026.1.24
2026年令和8年 午年の始まりです
今年はどんな年になるのやら!?楽しみいっぱいに過ごしたいと願っておりますので、皆様、今年もどうぞご贔屓に~!!

さて、お正月は、例年に無く、二人とも体調を崩すこともなく、熱も出ず過ごせましたので、ほっこりのんびり出来ました
(私の方は、変な体勢で、高い所の換気扇の大掃除をして、プチギックリ腰となっていたので、ちょっと嫌な感じではありましたけど)
光司さんは、ギリギリまで椅子の完成に向けて、工房仕事があり、元旦だけは、のんべんだらりとしておりましたが、二日には早速、新作の椅子の原寸図を描き始め、進行中の芦屋川の新店舗改装は、どんな感じになってゆくのかなと…心待ちの状況です
年末に、高輪の椅子の納品に併せ、上京して、お墓参りにもいけたらなと考えていたのですけれど、工事進捗が、遅れたとの報せがあり、お納め期日も、結局、今年の二月頃に延びてしまいました
と言う訳で、急遽、つい先日、飛行機のチケットが取れたので、父母の眠る築地本願寺~渋谷ヒカリエ(ウェグナー展)~BLUENOTE東京(リーリトナー)~高輪ゲートウェイの下見と、ダッシュで巡って参りました
久しぶりに出かけた渋谷界隈は、エライコッチャの変わり様で、ビルを見上げても、え~っと、ここがこうでこうなってって…なかなか把握できないでおりましたけれど、今回は、ハチ公もちゃんと現れており、遠目にですが、写真も撮れました
渋谷のスクランブルの賑わいも健在で、いつも通り、パワフル全開の東京ライフ
昭和の時代に、渋谷をうろついてたワタシからすると栄枯盛衰と言いましょうか、最近は特に、いつ行っても工事中ばかり、新しいビルがどんどんと建設され、ヒカリエ辺りが高層ラッシュで華々しくなった分、泊まったホテル周辺の渋谷三丁目らへんの古いビルの飲食店舗は、軒並み移転してしまっており、大家さんもこりゃ大変だろうなぁ、まだ新しそうなお店もいなくなっちゃうのかって心苦しくなる程に、閑散とした空きビルが拡がってました

この坂を歩くのは?五十年ぶり?二十代も来たはず…だから、四十年ぶりかぁ~あの道玄坂の坂を登って、なんだかノスタルジックな気分にも浸れましたし、何と言っても、岡田センセと、この坂道を歩くとはねぇって、不思議な感慨深い気持ちにもなりました
光司さんが、お安くジビエを食せる道玄坂のレストランを見つけてくれて、ブルーノートからタクシーでお伺いしたのが、なんだか大人になった気分でしたし、当たり前のことがあの頃は、何一つ叶わず、とにかく歩いて歩いてって、目的無き、ちゃらんぽらん極まりない青春時代を送ってましたから…
まぁ、バブルの頃は、タクシーさえ捕まらなかったわけですけど…街も人も、どんどん変わるし、時代の流れには抗えないということですね
すごく懐かしいデジャブな空間を、都会の喧騒の中、行ったり来たりで味わう道すがらは、長く生きてしまった分、想い出の中のお友達も、もうこの世にはいない淋しさも手伝って、心の奥の胸の真ん中あたりが、ギュンとなったりするわけで…
美味しい鹿肉とワインで、ほろ酔い気分になって、今年の始まりの旅としては、満点に近い、食べて良し、聴いてバッチリの、素敵で心地良い旅時間を満喫することが叶いました
このまま、午年は、大いに、食べて飲んで、いっぱい聴いて、一所懸命に働いて~で、ご陽気に頑張ってまいります

翌日は、帰りの飛行機の時間に合わせて、初となる高輪ゲートシティー駅に降り立つと、新しい駅舎は、輝くばかり…
完成したばかりのNEWoManTAKANAWAを散策し、ランチには、28階で、鯛茶漬けとお蕎麦を食し、東京の空の青さと口福をまったりと味わってきました。
泉岳寺駅直結?っぽい第二期工事ビルの方は、まだまだ外構工事を、数人のおじさんがガンバっているご様子で、植栽やら細かい内装工事が、まだ終わりなきゴールを目指しているようでした。さて、椅子のご納品はいつ如何様に?と、ちょっぴり心配ですけど、五年経っても一向に終わらないJR芦屋駅の南側に比べたら、めっちゃ進んでいるかもって、完成の確信は得ることが出来たかな
今年初の忘れ物をしそうになったりもしたけど、ちゃんと思い出して、ベンチに忘れかけたマフラーを取りに戻れましたし、
(この黒いカシミアのマフラーは、我が父上の形見だったので…お墓参りした意味無いじゃんって、なりそうでしたけど、思い出せて、ヨカッたヨカッタ)そういえば、六甲の八幡神社の年始のおみくじ、私だけ上々吉だったっけ!
姪っこの結婚式が、今秋、恵比寿であるそうだし、お仕事がらみの色々な企画が満載の、面白い年になりそうです
行きたい場所へ、お気軽に飛んでゆける、健康第一、家内安全な一年となりますように~!!

つらつらと書き進めてしまいましたが、2026年もおおいに、ご一緒に楽しんでまいりましょう
新しい出会いと、懐かしい皆様との再会を夢見つつ、本年も何卒どうぞよろしくお願い致します。